なんでこの本を取りあえげようと思ったのか?
別にストーリーが取り立てて素晴らしいわけでもなく、奇をてらったトリックがあるわけではなくごく平凡なミステリー作品です。ストーリー的には。
ただ設定が私好みだったというだけ。
時は一八世紀末、貴族の謳歌する時代に陰りが見え始めた頃、主人公のエミリーは結婚後わずか半年で夫を失い。正式な服喪期間が明け、半服喪期間に入ろうというところ。
当時のイギリスでは、一年間の正式な服喪期間(黒い服に黒いジュエリーだけを身につけ、外出は控える)ともう一年間の半服喪期間(グレーや藤色の服装が許され、催しへの参加も可)というものが未亡人に課せられていた。
夫は爵位は子爵だったものの、ロンドンと郊外に屋敷を構え、イタリアのサントリーニ島にしゃれた別荘を持っていて、それら全てを使い切れないお金と共に妻に残してくれた。
エミリーは生活になんの不安もなく、自分を支配する人間もいなくなり、優雅に自分の時間を楽しんでいる。
夫の蔵書を読むうちにギリシャ文化に興味を持ち、大英博物館に足を運び、古代ギリシャの芸術に心躍らせ、それに関する講義を聴き、さらにはより深く学ぶためにギリシャ語を習い始める。
なんという自由!
『女三界(さんがい)に家無し』という言葉があります。
《「三界」は仏語で、欲界・色界・無色界、すなわち全世界のこと》女は幼少のときは親に、嫁に行ってからは夫に、老いては子供に従うものだから、広い世界のどこにも身を落ち着ける場所がない。
でも屋敷を持つ小無し未亡人には、自由な世界が広がっているのです。
「え?独身の方が自由じゃないの?」なんて言うあなた、女の(男も)独身は不自由なものです。
私も長く独身時代を送って来ましたが、まだ独りなの?というプレッシャー、そして独りでは行きづらい場所もあるという事実。
結婚した時に、意外にも既婚って自由だなと感じました。
とはいえ、夫の面倒も見なくてはいけない。義母とも同居しているので、それなりに気を遣って接しなければいけない。もちろん、不自由な部分もいっぱいあります。
でも、未亡人にはそれがない。つまり裕福な未亡人ほど自由な存在は無いのです。
この本の魅力はまさにそこにあると言っても過言じゃありません。
(もちろん主人公のエミリーが自由に動き回る間に、大英博物館にある筈の本物の美術品が郊外にある本宅にある事を発見して、美術品を盗んでフェイクと交換し、本物を売買するという悪事を見つけてしまうと言うミステリーに展開していく訳なんですけどね。)
社会的にも不自由の多いヴィクトリア朝(後期)でもこれほど自由なのですから、今ならどれだけ自由になれる事か。
未亡人の利点とは何か?周りがほおっておいてくれる(そっとしておいてくれる)という事です。
夫を亡くした人に、色々と詮索してくる人はいません。未亡人という身分は一種の免罪符みたいなもの。
そういえば、妻を亡くした夫は早死にするけれど、夫を亡くした妻は長生きするそうです。ごもっとも!